秋の声

 最近、朝晩に鹿の鳴き声が聞こえる。

 鹿の泣き声は鋭く、高い声で綺麗というよりは哀しい感じがする。鹿の声を聞くと山寺に秋の訪れを感じる。

 檀家さんの家へ行くために田んぼのあぜ道をあるいていると、刈り取った田んぼから藁の匂いがたちのぼってきた。途端に祖母が生前に一生懸命に米を作っていた頃のことが湧き出るように思い出された。小さかった私も刈り入れ時には手伝いをさせられた。借り入れの合間に飲んだお茶の味、お茶の色。お茶の入っていた白っぽいアルミのヤカン。色付いた稲の穂の輝き、稲束の重み、藁くずが服の中に入るとなんともいえず痒かったこと…五感というのは記憶や感性と深く結びついているらしい。

 幾つかの山寺を兼務しているが、周囲に人家が2軒しかないお寺がある。

 何年も草刈をしていない道があって、懸命に草刈していたとき(何年も草を刈らないということはいろんな草木や雑木が生えこんでとにかく作業が容易ではない)そばに居た5歳の甥が
「こおろぎが鳴いてるからもう五時だよ」
と教えてくれた。
その言葉がとても新鮮に感じられた。

 確かに、何時の間にか日が暮れかかり周囲はこおろぎの鳴き声が満ちていた。
 事情があって妹一家がこの山寺で仮住まいをしているのだが、大都会からこの山寺に暮らすようになってまだ半年ほどだが何時の間にか自然の中での暮らしに順応している甥がとても頼もしく見えた。