善悪の彼岸へ 〜 渋谷アニメランド「機動戦士ガンダム特集」〜

【山寺のガンダム魂】 

本日はお彼岸の中日である。

 近くの松尾寺(西国観音霊場29番札所)でお勤めがあり、私も出資させて頂いた。真言宗だけでなく禅宗のご住職方も一緒に本堂でお勤めされる。
 老若男女の大勢の参拝の方が一心にお参りされる姿はいいものだなと感じいった。


 昨日はNHK第1放送で「渋谷アニメランド」の機動戦士ガンダム特集があり、気合をいれて聴きました。部屋を掃除して、流々亭で買ったお香を焚いてから聞きましたね(笑)ズゴック良かったです(←by喜屋武ちあき)…

 アメリカ映画を観ると未だに善と悪が決然としていることに驚くことがある。
 現実はどうかというと、私達は自分が望むことを悪とし、望まざることを悪としているのである。言い換えれば同じことが立場が変われば善にもなり、悪にもなるということなのである。

 ファーストガンダムの中では人々が自己の善を、つまり相対的な善を絶対的な善として追及している姿が俯瞰できるのである。そして立場の違う人間が自己の善を追及している姿に触発されて、自己の善と悪とを疑い、疑いつつも自己の善、つまり他者の悪を為さざるを得ないという苦悩も描かれる。

 ファーストガンダムの世界の特徴は<リアル感>と言われるが、その根底にあるのは。こうした善と悪の相克する感覚ではないかと思うのである。
この世界観を30年前に描くことができたファーストガンダムはやはり素晴らしい。世界は未だ善と悪の対立という幻想を抜け出てはいないのである。


 いくつか眼から鱗のお話がありました。

 永井一郎さんがインタビューで仰っていたのは

「人間が変わらないと世界が変わらない」

 ということである。

 有史以前から人間は大小の、無数の戦争を繰り返してきたが、人類が宇宙に進出しても尚、この戦争というものを断ち切ることはできないでいるという現実、さらにその戦争という命を賭けた世界にあって人間は変わるという選択をせざるを得ない。この状況下でニュータイプが生まれるのである。宇宙という新しい環境の下で生理機能の変化としてニュータイプが生まれたという説明は条件のひとつを説明しているに過ぎないのである。

 もうひとつ唸ったお話はアニメ評論家の藤津亮太氏が富野監督が「記録全集」?にお書きになっていたこととして紹介されていたものである。(以下曲解してたらゴメンナサイ)

 なぜランバ・ラルが存在するのか?

 ということである。

 富野監督によれば味方ではなく、敵であって、しかも一対の男女(ランバ・ラルとハモン)にアムロが出逢うことでアムロが人間として成長し、覚醒していく重要なステップになっているというのである。ランバ・ラルは単なる敵キャラではないのである。

 子供であるアムロに対して大人としての二人が立ちはだかることで、アムロは大人へと変貌せざるを得ないということなのだろうか。これはかなり説得力のある話である。


 やはりファースト・ガンダムの世界は深いっっ…そんなこと考えてたら松尾寺の本堂がビグ・ザムに見えてきました(笑)

 というわけでNHKファーストガンダム特集第2弾を強く要望する次第である。
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