仏様は助っ人外人?
明日から暴風雪との予報。
明後日に至っては最高気温2度。最低気温マイナス3℃…
HPを久々に更新いたしました。ご笑覧頂ければ幸いです。
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最近は寝る前に「せんねん灸」を愛用。
「せんねん灸」は短時間で疲労を回復する方法としてはとても優れているように思う。
老若男女にオススメである。最初はレギュラーかソフトがいいだろう。
手の届かない首筋などは妻にやってもらう。
あらかじめあちこち指で押さえてもらって、凝っているところにせんねん灸を置いてもらうととても効く気がする。
昨日も首筋に、やけに凝っているポイントがあったので早速、妻にせんねん灸をしてもらった。
ところが、いつになく熱い。
良く効くポイントにおきゅうを上手くすえると熱く感じるか、全く熱さを感じないか、両極端の傾向があるが昨日はものすごく熱く感じた。今日はやけに効いてるな…と思っていたら。
どんどんどんどん熱くなってきた。とうとう我慢できなくて
「熱っ!熱っ!」
と妻に言ったら
「ゴメン、ひっくり返ってた」
…って、それはでは
根性焼きではないか!
「ゴメン、オロナイ塗っとくから。」
と言って、妻が救急箱から取り出したのは…
…って、それ、すっごいしみますから!
本日の午後は兼務寺院のひとつ観音寺へ雪かきに。
本道は殆ど雪が無いので安心していたが、支道に入ったとたん雪が増え、
もともと細い道は完全に一車線になり、対向車が来たらアウト…
ドキドキしながら走っていると20メートル近い杉の植林がばたばた倒れているではないか。
ものすごいヤバイ感じが…
一車線しかない細い山道を登っていくと雪はどんどん増え、車は雪にタイヤをとられてフラフラとかろうじて走る。お寺近くでどうとう前に進めなくなった。仕方なく登るのも難しかった山道を必死でバックして下る。途中、除雪車が反転したらしい僅かなスペースを見つけて、ようやく方向転換できた。今回は雪に完敗して引き返すはめになったが来週あたりはリベンジの予定。
1月3日にビートたけし氏が仏教の番組をやっていて、周囲で観たという人が結構大勢居た。
私も妻の実家で少しだけ見たが面白かった。
番組中に
「仏様は助っ人外人」
という言い方がされていた。
日本古来の神様に対して大陸から仏教の仏様がやってきたことを例えて「助っ人外人」と呼んだわけである。
なかなか面白い表現である。
ただ日本人が古事記などで神々を記述する際に、どうも仏教を手本にしたようである。
つまり八百万の神々という観念の中には仏教的な諸仏諸菩薩という考え方が入っているようなのである。
言いかえると日本古来の神VS外来の仏教という構図はそれほど単純ではないということであろう。
遍く、光輝く神としての天照皇大神にしても大日如来のお姿が投影されているわけである。
大日とは正に「遍く、光輝く」という意味に他ならない。
この辺はなかなか複雑であると同時に面白いところだろう。
- 作者: 末木文美士
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仏を如来、菩薩、明王、天という4段階のヒエラルキーで考えた時に天(天部)の仏というのはヒンドゥーの神々が仏教に取り入れられたということを指している。これも分かりやすいし、面白い表現である。
例えば梵天はシヴァ、ヴィシュヌと並ぶヒンドゥーの最高神のブラフマンである。
仏教的なヒエラルキーでは天(天部)は一番下位に置かれ、番組中でも「如来以外、の菩薩、明王、天(天部)は悟りを開いていない」とされていたが、ヒンドゥーの最高神が悟りも開いていないというのは、ヒンドゥーの立場からすればあんまりな位置づけのような気もする(笑)
仏教の長い歴史を分かりやすく紐解くというのは難しいが、やはり楽しい作業である。
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