ジューンベリー 龍雲寺 霊魂はありますか?
勝手口に植えられたアジサイが僅かに色づき始めた。
色づいたアジサイは綺麗だが草色のアジサイのつぼみも清々しくて好いものだ。
鹿の食害で境内にあったアジサイの大きな株が殆ど無くなってしまったことが残念である。
名前の通り6月に実が赤く熟す。
時々、ジューンベリーの枝が揺れているのは小鳥が来ているかららしい。横に松の木があってその影になって良く見えない。まだ幹が細いので鳥がうまくつかまれないようだが、鹿の食害に逢わずに大きくなって欲しいものである。
本日はから7月9日まで多禰寺近くの自然文化園にてアジサイまつりが行われる。
10万本のアジサイがあるといわれ6月は訪れる人が多い。
一昨日まで島根の龍雲寺という曹洞宗のお寺に3泊滞在した。
【龍雲寺】http://ryuun-ji.jp/
御住職は在家から出家された方だが、在家の頃からの友人で親しくお付き合いを頂いている。
こちらのお寺では4時に起床してヨガや体操を1時間した後、座禅堂での座禅を1時間、本堂や諸堂でのお勤めを1時間というスケジュールを毎日行っておられる。
どこぞの山寺と大違いである…
このお寺は全国はもとより外国からの修行者も受け入れておられて私が滞在したときはアメリカ人の青年やお弟子さんなど4、5名が修行に励んでおられた。寝食を共にして人を指導するというのは気の抜けないので本当に大変だと思うのだが、この御住職の精進には頭が下がる思いがする。
私も本山での修行時代にはそれに近い生活を送ったが、自分のお寺に戻ってしまうと自分を磨くという意識が停滞しがちになる。一方で住職という立場では周りから大事に扱って頂くが、時々、本当にこれでいいのか…という気持ちになることがある。
年に数日でもこういう環境の身を置いて研鑽したいと思っている。
龍雲寺で「曹洞禅グラフ」(2017年冬・正月号�・139)という雑誌を頂いたのだが、その巻頭に正木晃さんという宗教学者のコラムが載っていた。
【バックナンバー】http://www.bukkyo-kikaku.com/sotozen.html
正木氏は教鞭をとっていられる大学で「(死後に)霊魂があると思いますか?ないと思いますか?」というレポートを書いてもらうという。
正木氏が大学生の頃は「霊魂はある、もしくはあって欲しい」三割以下で「ない」
が7割以上だったという。それが今日ではおおむね「ある、あってほしい」が7割、「ない」が3割と全く逆転しているという。
日本全体では詳細な調査はされていないが少なくともかっては「ない」派が圧倒して時代を経て「ある」「ない」が拮抗している状況であるらしい。
それがどういうことを意味するのか、少なくとも葬儀をしないというような宗教から乖離が実はある種の断面に過ぎず、さらに世代交代が進めば、人々がこの世の存在を超えた自己について確信を持つような時代になるのだろうか。
私たち僧侶もそういう時代にどういう仏教が求められているのかということは真剣に考えていかざるを得ないのだろう。
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