危険な漢字ドリル 気になる視線 はじめてのインド哲学

娘の学習態度が自分が子供の頃そっくりとなってきて遺伝子の恐ろしさを痛感している。単純に言うと読書や国語は好きだが、他の教科は鳴かず飛ばず



自分と一緒だと叱る気にもなれない(苦笑)


日本一楽しい漢字ドリル うんこ漢字ドリル 小学3年生

日本一楽しい漢字ドリル うんこ漢字ドリル 小学3年生



子供向けの学習参考書を検索していたら「うんこ漢字ドリル」というのが多いに売れている。


例えば『安』という漢字だと


うんこを安全な場所にかくしておこう

あっちでうんこを大安売りしているよ

人差し指にうんこをのせて安定させる



『全』では…


クラス全員で同時にうんこをした

うんこを全てミキサーにいれましょう

うんこの全く新しい使い方をひらめいた




頭がクラクラしてきた…






庫裏の小さな仏壇があり、お不動様の仏像が祀ってある。その横に老僧が京都の仏師に作ってもらったという空海様の坐像が安置してある。

永い間、そのことを意識していなかったのだが、最近、仏壇の前を通るたびになぜかこの御大師様に見られている気がするのである。

自分の心境の変化でしかないのだろうが、なんとなく不思議といえば不思議である。


「ちゃんとやっていますか?」今日はそんなことを問われた気がした。


南無大師遍照金剛




はじめてのインド哲学 (講談社現代新書)

はじめてのインド哲学 (講談社現代新書)




子供の時から本を読むのが好きだったが、あまりお金も無いので古書を買うのが楽しみである。

密林の中古とブックオフオンラインを秤にかけて安い方で買っていたのだが、最近、ヤフオクにもかなり掘り出しものがあるのに気が付いた。


先日買ったのは立川武蔵「はじめてのインド哲学」(講談社現代新書)。


著者が名古屋大学文学部で行った「インド哲学史概説」の講義が基になっているという。





真言宗の寺院の住職をしているが、真言宗を知るためには仏教全般について知る必要がある場合も少なくない。


それだけでは不十分で、仏教は広い意味でのインドの宗教と哲学のなかから生まれたことは間違いないので、どうしてもインドの宗教と哲学(それはしばしば一体のものである)について最低限のことを知る必要がある。

本書はインドの宗教と哲学の流れのエッセンスを分かりやすく紹介してくれる。


本書のなかに真言宗の本尊である大日如来について書かれた一節があって、ちょっと眼から鱗のことが感じがした。

阿弥陀如来が西方の極楽浄土におられ、薬師如来が東方の浄瑠璃世界におられるとされるが、大日如来はこの宇宙の中心、深奥におられるとされる。

これまでも大日如来様は宇宙の中心におられるということは漠然と理解していたのだが、他界におられる阿弥陀如来薬師如来と対比すると大日如来という仏様がこの世におられるという意味が改めて理解できた気がした。

大日如来はこの世におられる、その救いもこの世の中にある…

そのことの意味が腑に落ちた気がしたのである。


理趣経」では他化自在天という欲の世界で教説が説かれる。


このことは欲望のあるこの世にも意味があるということを説いている気がする。

欲望というエネルギーを否定するのではなく、正しい方向に導けば善なる力となるのではないだろうか。


そしてこの世の悩みも苦しみも多分とても大切な意味があることを密教は解き明かしてくれるように思う。



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