「ナマの京都」グレゴリ青山

  お寺の本棚

「ナマの京都」グレゴリ青山(メディアファクトリー)

10月29日のブログにグレゴリ青山氏の「しぶちん京都」(メディアファクトリー)について書いたが、その少し前に書かれたグレゴリ青山の「ナマの京都」(メディアファクトリー)を京都駅前地下街ポルタにて購入。

グレゴリ青山氏は旅行を題材にした作品で有名だが、京都というのは間違いなく異文化の側面をもっている。京都のネイティブならではの視点からディープな京都の姿が生き生きと描かれていてとても面白い!

私は京都市内で生まれ、小学校一年の一学期まで過ごした。
その高校卒業までは丹後の田舎でのんびりくらし、その後、暗い暗い浪人生活が5年も続いた。別に医学部志望ではなかった。念のため(笑)

長い浪人時代ののうち三年を京都市内で過ごした。

「ナマの京都」に書かれている京一会館という映画館は私も良く通ったので、そのくだりがとても心にヒットした。もうどんな映画を見たかよく覚えていないが一番印象に残っているの黒澤明「赤ひげ」だった。他にも高峰秀子主演「二十四の瞳」、菊地桃子主演の「パンツの穴」などなど…

「場末」という言葉が似合う映画館だった。
とにかく値段が安く貧乏な浪人生には有難かった。
「生の京都」には名物のおばちゃんの話が出てくるが、あまり印象にない。
松葉杖をついた男性が働いて居られたことが印象に残っている。それともたまたま怪我をされただけだったのか…定かではない。ポルノ映画の台本を売っていて買おうか買うまいか真剣に悩んで結局買わなかったこと覚えている(笑)

場末という形容は少し失礼かもしれない、経営されている方に映画への深い思い入れが感じられる映画館だった。京大のそばだったので京大生もたくさん通っていたようである。
多分、大勢の大学生の青春が、暗さや、知性や、情念が、あの薄暗い空間の中に吹き溜まりのように積もっていたに違いない。

今の映画館は軒並み小奇麗になってしまったが、昔の映画館にはどこかアンダーグランドな匂いが漂っていたように記憶している。

 日本の映画文化、というより当時の映画館の空気のようなもの、そして京一会館の強烈な個性、私自身の暗い暗い青春。それらが折り重なり合い何ともいえない陰影のある思い出となって蘇って来る。

 ただ自分の人生を振り返った時に、あの暗い浪人生活が自分の人生にとっては貴重な時間だと思えることがある。

 挫折し、卑屈になったり、すねてみたり、孤独感を噛みしめたこと、それらを味わったことが私の人生に深みのようなものを与えてくれたことを今では少し感謝している。

 貧乏な浪人生の楽しみは何だったろうと記憶をたどると、いろんなことが思い出された。京一会館で映画を見たこと。京大のそばの古本屋街で本を買ったこと。天下一品でラーメンを食べたこと。なか卯でうどんを食べたこと。(当時は並のうどんが200円、牛丼が300円で500円も出せばお腹が一杯になった)。仏教大のそばに公営の銭湯があり当時100円という破格な値段で入浴できたので自転車を30分近くこいで通ったこと、御所を散歩したこと…


 当時は今よりずっと痩せていて、青白い顔をしていた。
 あの頃の自分を思い出すと無性に懐かしく、そして少し恥ずかしい気がする。