猿蓑(さるみの)




初しぐれ猿も小蓑をほしげなり      芭蕉



二月も真近になって雪が降り始めた。

シャーベットのように積もったみぞれ雪を見ていると粉雪より冷たく感じる気がするから不思議である。

なんという名前なのか二十羽ほどで群れていつも飛んでいる灰色の小さな鳥がいる。雪の降る中をいつもと変わらず飛んでいる姿を見ると自然の生き物の逞しさや潔さを感じずにはいられない。

捨てられて境内に迷い込んできたのをお寺で保護したシロという犬はとても変わっていて人間っぽい犬である。表情を見ていると、人間の言葉が分かるのではないかという気がする時がある。体が大きく痩せているので、鳥打帽やマントを着せてシャーロックホームズのコスプレさせたら似合いそうな風貌である。

夜は大人しく寝ているのだが、昨晩、急に不思議な声で鳴き出した。人間がすすり泣くような声だった。この犬と一緒に拾ったもう一匹の犬シロを兼務している山寺で飼っているのだが、最近弱っていると聞いていた。もしやと思ったら、今日、シロが死んだという電話があった。何かを感じたのかもしれない。

野生の生き物のことを考えると胸がどきどきすることがある。
激しさ、逞しさ、一生懸命さ、哀れさ、美しさ…

去年の夏、鴨川の河原に座っていた。普段は水の流れている場所なのだが、護岸工事のために2メートルほどの幅で土砂で埋め立てられていた。その河原を野犬が歩いてきた。
よく見ると腹から何かがはみ出していた。大きなケガをして内臓が飛び出していたのか、それとも巨大な腫瘍のようなものができていたのか分からないがピンクや赤黒い色の混じった大きな塊が腹からだらりと下がっていた。

犬は少しも苦しそうな顔をしていなかった。そして不意にざぶざぶと鴨川の中へ入り始めた。「そんなことをしたら死んでしまう」と私は声が出そうになった。その野犬は平然と川から出るとまた河原をもと来たほうへ歩いていった。
動物にも死に対する恐怖はあると思うが、自分の命を無造作に扱っていた犬の姿が忘れられない。


少し前に狸が家の前に出てきた。

狸は顔が黒っぽく、精悍というより間抜けな感じがする。人間に見つかっても立ち止まって、すぐに逃げないので、よく車に轢かれているのを見かける。
丁度、散歩から帰ってきた犬が狸を見つけて吠えはじめたので、狸は慌てて排水溝の中へ潜ってしまった。可哀想なので犬を引き離してよそへ連れて行った。
わざわざ逃げ場のない排水溝の中へ入るあたりがとても可笑しかった。人間にも<天然>といわれるような可笑しみを持つ人がいるが、動物にもそんな性(さが)があるのかもしれない。