雨の日の徒然に 

   


今日は朝から雨が降り続いている。
気温が上がったせいか雨が降っても、寒々とした感じがしない。
空も明るくて、雨も強く降らないので、降り続く雨音と聞いていると落ち着いた気持ちになってくる。
台所の窓から参道が見えるが、冬枯れのもみじの枝先から新緑の葉が出始めている。最初の葉は薄い赤紫色で、それがすぐに柔らかな明るい緑色に変わる。

今年はどこに行っても水仙がよく咲いているが、黄色やクリーム色の水仙が雨に打たれるのは美しい。他所より遅く咲き始めた境内の桜ももう散り初めているが、桜は枝先から散るらしく、枝先だけ鮮やかな若葉が見えるのも楽しい。


最近、ずっと考えている問題があって未だに結論がでない…

鍼灸、漢方、カイロプラティックなどなどを総称して代替医療と呼ぶことがあるが、アメリカではこうした代替医療の普及が急速に進んでいる。
(ひとつには日本のような国民皆保険制度が無いので、医療費が高額となることが多く、そのためにこうした代替医療に対する需要があると考えられる。また代替医療という場合、サプリメントの利用もその中に含めるようである。)

1992年、国民の利用関心を背景としてアメリ国立衛生研究所(NIH)に、アメリカ国立補完代替医療センター(NCCAM)が設置された。 当初の年間予算は200万ドルであったが、現在では1億ドル以上の予算が割り当てられている[1]。 全米の医科大学・医学ラボ等での代替医療研究を振り分け、政府予算も割り当てられている。2000年には、ホワイトハウスに補完代替医療政策委員会が設置 される。代替医療の教育について、全米の医学生が少なくともひとつの代替医療を並行して学べる体制を各医学部が備えていることが望ましいとして、国立衛生 研究所では公式に推奨している。そのような代替医療教育体制は全米の医科大学の50%以上で既に実施されている。1998年の段階でも、全米125医学校中75校が非西洋医療の講座・単位を持つようになっていた。医学生の側も80%余りが代替医療を身に着けたいとアンケートに答えている。

(以上はWikipediaの「代替医療」の項からの抜粋である。執筆者に感謝! )

今後も日本ではこうした代替医療の普及が急速に進むと考えられる。
ところが日本の現状を見ていると、とにかく何でもありという世界である。
代替医療として紹介されるものの中には首を傾げざるを得ないものが多い。
「病気が治った」から始まって「宝くじが当った」「痩せた」「素敵な異性に出遭えた」…
と続く。

20年近く前からヨーガ、気功、武術といったことに関心を持つようになったが、これらの分野には膨大な数の流儀や流派があり、年々、さらにその数を増している。

気功でいうところの<気>はヨーガでの<プラナ>に相当すると考えられるが、ヨーガでは人体にはチャクラという7つのセンターが7つ存在すると説かれることが多いのに対し、東洋医学では数百の経穴(ツボ)が人体に経絡というネットワークを張り巡らしていると説くことが多い。似ているようでやはり大きな開きがある。
やや専門的な話になるが、五行の火が肝に配当されるという最も基本的なことすら異説がある。

日本人の心や身体に様々な問題が起きていて、いろいろなアプローチが存在するのはとてもいいことだと思うが、大きな課題は医療費を削減するために国家レベルの規模で病気にかかりにくい身体作りを積極的に進める必要があるということである。

ヨーガや気功、伝統武術などは、根底にある人体観や世界観を国民が共有することが難しいことは大きなネックであると思う。

<気>や<プラナ>のような眼に見えないもの、或いは東洋医学のような異説の多いもので人間の心と身体にアプローチすることは危険や誤解を伴う。

私が見ていて、あまりにも無責任な指導者や、金儲けのためだけに活動しているような団体があまりにも多いからである。
何度も言うようだが、玉石混交の世界なのである。本物に出会うのはとても難しい。

今の医療にも大きな矛盾や不合理が山積みしているし、もちろん悪名高い後期高齢者医療制度を始める保険や福祉の制度にも不備が多い。

代替医療は補完医療ともいわれるが、その中に矛盾や不合理を抱えているという意味では決して補完的な存在ではないのである。

健康になりたいというのは誰もが願うことだが、それは容易ではない。

雨の日にそんなことをしきりに考えていた。

【いつもブログをご覧頂きありがとうございます!
 明日から数日間、広島のお寺へお手伝いに行きますので更新はお休みさせて頂きます。】