仲間との縁に結ばれて  広島のんびり日記 その1

 【4月19日付けでお寺のホームページを更新しました、お暇な方は御笑覧下さいませ。合掌
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 「同じ釜の飯を喰う」という言葉があるが、寝食を共にした仲間というのは特別である。
本山で一緒に学んだ同期生とは今でも親交がある。

東京でフリーターをしていた時にようやく、お坊さんになる決心をした。
大勢の方にお別れの挨拶をしたのだが、一緒に太極拳を習っていた女性が、「私の知り合いもお坊さんになる」とのこと。詳しく伺うと、驚いたことに私と同じ本山に入るという。

その年は日本各地から僅かに10人の同期生が本山に修行僧として入山したが、共通の知り合いが居たというのは不思議である。

その方は歳は私より一回り以上年上ながら、顔立ちはブルース・ウイルス似。少し前に流行ったチョイ悪親父系?である。
コンピューター関連の企業の重役をされていたが、実家である広島のお寺を継ぐために、本山に入られた。

頭脳明晰で統率力抜群、仕事をするととにかく無駄が無く緻密である。「成功する人」というのを目の当たりにした気がした。
多趣味な方で自動車、バイク、自転車、空手、ヨット、英会話、三味線から下ネタの入った宴会芸までオールマイティーである。

仕事にも打ち込み、遊びにも打ち込むという器の大きさ、懐の深さを見習いたいといつも思う。同期生はみんな親しみと尊敬を込めて「お父さん」と呼んでいた。

本山を卒業してから毎年、この方のお寺の大祭を手伝いに行くようになった。
柴燈護摩といって、屋外に炉を組んで、火を燃やし所願成就を祈願する大掛かりな行事である。

この日は京都でもう一名同期の者と落ち合い広島の呉へ。

京都で落ち合った同期生はまだ20代である。種智院大学在学中に休学して本山に入った。
種智院大学高野山大学と並んで、真言僧侶になるための王道である。
私の場合、般若心経すら満足に唱えられずに本山に入ったのだが(笑)、こうした宗教系の大学では在学中に様々なカリキュラムが組まれていて、仏教に関する基礎教育はもちろんのことお経、声明、御詠歌などの実技も習う。
一緒に本山に入ったといっても同じスタートラインに立っているようで、実は随分先を走っているのである。不器用な私は随分と彼に助けてもらった。普段は音楽好きでとにかく楽しい男である。

彼の実家が本山に近いので本山の近況をいろいろと教えてもらう。今年の入山者は6名とのこと。
私達は10人で入山して最終的に6人で卒業したので、最初から6人というのはかなり大変である。 (真言宗僧侶の修行機関としては高野山にある専修学院が最も規模が大きいが、同期生は70〜80人位である)


呉にある自宅に着くと既に神戸からも同期生が来ていた。広島からもう一名手伝いに来る予定だったが、檀家さんのお葬式のため欠席となった。
神戸から来たのは私より一回り程年下だが、長身で物静かな男。顔は俳優の河相我聞似…
それぞれ得意分野があるが、とにかく頭が切れ、全体の流れを見てクールに物事を進めていくのは右に出る者は無く、<指令塔>という役割がぴったりである。

この日は呉にある自宅で一泊させて頂いた。
自宅に着くと、奥さんのお母様が手製のフィナンシェというフランス風の焼き菓子とフオションの紅茶をご馳走して下さった。中に栗の入ったお菓子で焼きたては大層美味しいものだった…

呉市街の複合ビルに人気の大型銭湯があるとのことで連れていって頂いた。
「大和温泉物語」という施設で24時間営業している。
屋上に出ると、個人用の陶製のバスタブが並んでいて、ここに浸かりながら、市街の夜景を見ていると、旅の疲れが癒された。呉はあまり景気が良くないとのことだが、同じ軍港とはいえ地元の舞鶴とは違って随分活気がある。羨ましい限りである。

お風呂の後は温泉施設の居酒屋で食事。
いろいろ美味しいものを頂いたが呉風の冷麺がとりわけ美味しかった。
平打ちの麺にさっぱりしたタレがからめてあってとにかく後をひく美味しさであった。

翌日からいよいよ大祭に向けての準備が始まるのだが、皆久しぶりの再会に盛り上がり、床についてからも延々と大声で話していて、最後には注意されてしまった…同期の仲間というのは楽しいものである。