悪魔の味 焼きソバの味   広島のんびり日記 その2

 今日は大祭前日。
 まずは呉にある住職の自宅にて朝食。

 住職の義母様の手製のパンと自家製ジャム。飲み物はコーヒーと紅茶。朝から贅沢である。嗚呼、幸せ…新鮮なルッコラのサラダと一緒に、住職オススメのトマトを頂いた。

 「あくまトマト」という品種名のトマトである。「あくま」とは「悪魔」のことだそうである。
 「桃太郎」という品種は有名だが、「桃太郎」の発祥の地もこの近辺で、この地域はトマトの栽培が盛んなようである。「桃太郎」を越えるのではないかと言われているのがこの「あくま」という品種。現在たった一軒の農家だけこのトマトを作っているが、水分や温度の調節が難しいそうである。小売値で一個300円とのこと。た、高い…

 何もつけずにそのまま頂く。果皮の部分は固めだが、果肉はとにかく甘くて濃厚。
豊潤で濃密…うっとりするような味である。私はトマトが大好きなのである(笑)…もし、この品種が普及したらお寺の畑でも作ってみたいくらいである。とにかく美味しいトマトであった!

 住職のお寺は呉市街から車で40分くらい離れていて、人口6000人程の島の中にある。島といっても本土との間に橋が掛かっているので行き来は容易である。

 年に一回の大祭だが、周囲に真言宗のお寺が無い。その為、私達同期生がお手伝いに行くのである。大祭を取り仕切る大祇師には宮島にあるD院のご住職をお招きする。D院は私達の宗派の中でも格式の高いお寺として有名である。


 まずは山に入ってチェンソーで杉を切り倒して、杉の丸太で四角い炉を組む。
 キャンプファイヤーを想像して頂くと分かりやすいかもしれない。その炉の中に木片など燃えやすい物をいれ、炉の全体をヒバ(ヒノキの若葉)で覆う。炉ができると、御幣といって5色の紙を切ったもので飾る。他にも四方に結界を張ったり、大祇師の席を作ったり。点火用の松明作り…なかなか準備が大変である。

 インドでは火を焚いて祈願することをホーマーといったそうである。
 それが日本に伝わって「護摩」(ごま)になった。密教で「護摩」というとお堂の中で火を燃やす壇護摩(だんごま)と、屋外で炉を組んで燃やす柴燈護摩(さいとうごま)の2種類に分かれる。(現代中国語で「護摩」は「フゥマァ」と読めるから、中国経由で伝わったものだろう。)
 柴燈護摩は大掛かりな行事なので準備が大変であり、参加するお坊さんも多勢必要になる。ちなみに私のお寺では行っていない。

 平行して本堂の掃除、飾り付け、境内の掃除などなど仕事は山積みだが、ようやく夕方には準備が終わった。

 夜はこの島の温泉へ。
 海のそばなので温泉のお湯は口に含むとかすかに塩辛い。お湯の匂いも磯の香りがする。この温泉で疲れを癒すのが毎年の楽しみである。
 小さな島なので温泉の中はご近所さんの社交場になっていて威勢の良い広島弁が飛び交っている。その雰囲気も楽しい…

 地元の旅館でD院のご住職を交えて夕食。
 余興にと旅館の女将さんが眼の前で焼きソバを作って下さった。
女将さんの実家が広島にある有名なお好み焼きと焼きそばのお店とのこと。中学生の頃からお店を手伝っておられたそうである。
 我々素人が焼きソバを作ると、具と麺が上手く混じらないことが多いが、麺を切らずに具と混ぜていく手つきは手品を見ているようで美しい。オタフクソースというのが全国的に有名だが、地元にあるカープソースで調味していただいた。「カープ」とは広島らしい。味はというと…これが美味いっっ!嗚呼、幸せ…


 小さな島なのでどの道を通ってもすぐ海に出る。

 4年前、初めて瀬戸内の海を見たときは感動した。
 水面がとにかく穏やかなのである。丹後の縮緬(ちりめん)織りのような細かな波が立つ。日本海の荒い波とは大違いである。(もっとも海面の干満の差は数メートルに及ぶそうである!)

 この島は波が穏やかなことから古代から造船が盛んで、かっては遣唐船も作られていた。呉は造船で有名だが、背後には中世から続く伝統があるのである。呉では大和をはじめとする艦艇が作られたが、この静かな海面を軍艦が航行していたことを想像すると心が波立った。

 高台に登るとどこまでも静かな瀬戸内海に無数の島影が遠く、近くに浮かんでいる様子が見える。島影は近くほど濃く。遠ざかるにつれて薄くなる。その景色を見ていると魂が抜け出すような感動を覚える。

 静かな海といえば、驚いたことがある。
 毎年泊めて頂く旅館に水槽があり、その中に見慣れぬ巻貝が飼われていた。
 旅館の方によればサザエであるとのこと。なんとサザエに角が無いのである!
サザエの角は波にさらわれないためだそうだが、穏やかな瀬戸内海の中では角が取れるとのこと。

 広島の小さな島には驚くことがたくさんあった。