<癒し>のお茶屋さん

舞鶴御近所日記】

全国に数ある霊場会の中でも西国三十三所観音霊場は最古の霊場であるとされる。

平成20年9月1日より22年5月末日までの日程で各霊場の観世音菩薩様を順次開帳するという壮大な催しが行われている。
http://www.saikoku33.gr.jp/open/concept/index.htm

私の住む山寺から最寄の観音霊場は第29番松尾寺(まつのおでら)である。
車で僅か10分ほどの距離であるが、最も古い霊場会だけあって威容を湛えた本堂には参拝の絶えることがない。

松尾寺では10月1日より1年間の本尊ご開帳が行われる。(詳細は未定)
当山での本尊馬頭観世音菩薩様の開帳は実に七十七年ぶりであり、多くの参拝者が見込まれる。

この御開帳についてはいずれいろんな形でお伝えすることもあると思うが、本日はまず門前のお茶屋さんを御紹介したい。(というか松尾寺のご開帳に関するきちんとした資料を集めていないだけなのだが…)

門前に喫茶や軽食のできる流々亭というお店がある。
御開帳を参詣された方にはここで一服されることをお勧めしたい。
店構えは旧家に手を加えた落ち着いた佇まいである。京都の観光名所にあってもおかしくないような洒落たお店で、切り盛りするのは妙齢?の美人?姉妹…ちゃんとキャラが立ったお店である(笑)
私がこちらでお抹茶を頂いた時には藤の葉の上に黒糖の蕨餅が置かれ、周囲には紫の藤の花が散らしてあった。そうした丁寧な心遣いも嬉しいお店である。


以前、こちらのお店の方にお話を伺って面白いと思ったのは最近、若い方がじっくりと時間をかけてお参りしたり、境内を散策したりする方が多いとのことである。

これにはいろんな意味があるのではないかと思われる。
ひとつは日本の古い文化をもう一度見つめなおそうという若い人達が増えたことではないかということ。このことは単純に喜ばしい。

そして若い方のお寺まいりが増えているもうひとつの理由は心も身体も疲れきった若い人がとても増えていることの裏返しではないかという気がするのである。
お寺とそれをとりまく自然、或いは宗教的な雰囲気というのは間違いなく心や身体を癒してくれるものではある。だが<癒してほしい>という若い人達がどんどん増え続けることにはやはり危機感を感じてしまう。

随分前だがお参りに来られたご婦人と話をしていて、何か切羽詰って哀願するような調子で「私は癒して欲しいんですっ!」と言われたことがある。そのときの激しい様子にふと<相手に癒して欲しい>という気持ちを持つことは周りの人を傷つけることすらあるのではないかと思ったことがある。

<癒し>という言葉はまことに口当たりにいいが、その後ろには何かドロドロしたものすら見え隠れしている気がすることがあるのだ。
<自分は可哀想><自分は疲れている><自分は傷つけられた>などなど…癒されてたいと思っている方には誠に申し訳ないが、ある種のこらえ性のなさ、甘え、エゴ、それらを<癒し>という言葉の奥に口当たりよく包んでしまってはいないか…

だが、疲れきってお寺へ来る人に「あなたは甘えています」とは口が裂けても言えない(笑)ここらへんが難しいところである…例えばウツやその傾向のある人達には「がんばりなさい」というのは禁句であるのはいうまでもない。自分の心が落ち着くところに身を置いてただその雰囲気に浸っていると少しづつでも心身は回復に向かい始める。そのことは覚えておいていいだろう。

お茶屋さんの紹介をするつもりが随分、話題がそれてしまったが(笑)面倒くさいことを考えず、お寺の門前で美味しいお抹茶や甘味を頂けばとにかく心が軽くなることは請け合いである。

【流々亭】http://rurutei.net/