金魚屋古書店に行きたいっ!

昨日は寝床に入って眼を閉じたときに鹿の鳴き声が聞こえた。
鹿の声を随分聞いていなかったが、初秋に聞く鹿の声はなんともいえない哀感がある。

日中は蝉が鳴き、汗ばむほどの陽気だが、日が暮れれば秋の虫が絶え間なく鳴く。
2日前には寒さで眼が覚めた。しまい忘れたフリースがあったのそれを着てようやく寒さをしのいだが、これからどれだけ寒くなるのか少々心配になった…


 やたらとワインの薀蓄を並べ立てて嫌われる芸能人がいるが、なぜ嫌われるかといえば、多分、その人物がワインが好きなのではなく、ワインについて語っている自分が好きなのだと思う。自分に酔っているわけである。それが周囲を白けさせたり、不愉快にさせるのではないだろうか。

 純粋に物事を好きになるということは難しいし、もしそれを遂げている人物に出会ったら、私達はきっと羨ましいと思うのではないだろうか。

 最近、気に入っている漫画は芳崎せいむ氏の「金魚屋古書店」(小学館)である。
 この漫画には筋金入りの漫画好きが登場する。
 二宮金次郎のようにいつも歩きながらマンガを読んでいる女子大生とか、漫画専門の古書店の巨大な地下倉庫に間借りするイケメンの居候、女性にふられてヤケ酒ならぬヤケ漫画に走る男、脱サラして貸漫画屋に転職したサラリーマンなどなど常軌を逸した漫画好きの登場人物が描かれる。
 「金魚屋古書店」という漫画専門の古書店がストーリーの中心なのだが、その店長に至っては全国に珍しい漫画を求めて「諸国漫遊の旅」に出ていて大抵留守なのである…

 この作品に登場する人物達はある意味自分以上に漫画が好きだったり、漫画と関わることを通して自分を取り戻す人達ばかりなのである。


 毎回、実在する漫画本が取り上げられる。
 この作品は現実に在り得ないような登場人物にリアリティを与えるのが漫画本という構造なのである。この構成はかなり面白い試みではないだろうか?
 取り上げられるのは私が読んだことの無いレアな漫画やマニアックな漫画が多いのだが、単なる漫画への薀蓄に終わらず、そこから作者の漫画に対する愛情、情熱、信頼といったものが伝わってくるのである。
 そうした作者の気持ちと漫画好きの登場人物の気持ちが共鳴しあってとても不思議で魅力的な作品世界を作り上げている。

 浦沢直樹氏の「PLUTO」は鉄腕アトムという漫画を原作にした異色かつ卓抜な漫画だが、この「金魚屋古書店」は毎回取り上げられる作品を通じて登場人物に問題提起を行ったり、問題の解決そのものを提示したりする点で「PLUTO」同様にとても高度な作品であるといえる。単に漫画への薀蓄だけを語って終わる作品とは一味も二味も違うのである。

 この「金魚屋古書店」を貫く一番大きなテーマは<自分の好きなことを見つけなさい、そしてそれを追求して、自分を取り戻しなさい>ということではないかと思う。
 私たちはいろんな理由から自分が本当に好きなこと、心を傾けられることの追求を諦めていることが多い。
 いつの間にか狭い世界に陥って身動きできなくなった時に自分が好きだという感動や愛情や情熱によってそこから脱出できるのではないか。作者はそう示してくれているように思う。