病枕草子


元旦に雪かきをして衣服が濡れたままほっておいたら喉風邪をひいた。
いつまでたっても咳きが止まらないので今日は半日床に就いた。

…だが狭い庫裏のことで家族の声は筒抜けだし、来客も電話もあり、飼い犬は吠え、遊びにきた姪は歌を歌う…と寝ていられない。

仕方なく寝床で取りとめもないことを考えていた。


本山に居たのは1年にも満たない期間だったが、起きている間はお経を読んでいるか掃除をしているか、仏教の講義を受けているかという過密なスケジュールだった。

昼食後、30分でも昼寝できたらどんなに幸せだろうと何度も思った。
その時のことを思い出すと、のんびり床についていられるのは至福の時間である。

本山に居た頃、「お寺を出たら、缶コーヒーを飲みながら新聞を読みたい」と夢見るような眼付で語っていた同期生がいた。「俺はここを出たら思い切り音を立ててうどんを喰う」といっていた者もいた。本山の昼食は自分達で作るうどんかそばだが、音を立てて食べてはいけないというきまりがあったのである。

本山での暮らしといっても往時の修行僧に比べればたいしたことはないのだが、そうした不自由を体験することで、自由に振舞えることの有難さが身に沁みることがある。

私は本山から帰省して、最寄駅まで車で迎えにきて貰った時、真っ直ぐお寺には帰らず、駅の近くの復活書房という中古書店に立ち寄った。お寺をでたらまず本や漫画を読みたいというのが私の願いだったのである。レベルの低い願望である…


昼過ぎにようやく庫裏の中が静かになった。

風門という風邪の予防や治療で知られるツボがある。
左右の肩甲骨の間で、第2脊椎の左右付近だが下着の上から使い捨てカイロを貼って暖めるととても具合が良くなった。

物音が止むと、境内の横を流れる川の水音が聞こえるようになった。
雪が降った後なので、少し流れが速くなっているように感じた。

川の水音を聞きながら眠ると、目が覚めた時には随分と調子が良くなっていた。