凡夫の良薬

 

 朝、車に乗ろうとするとドアが凍り付いている。無理に開けるとバキッ、ベキッ、メキョとすごい音がした。推定温度マイナス3度である。
 
 思わずアーノルド・シュワルツネッガーの映画で車に閉じ込められた主人公がドアを引きちぎって脱出する豪快なシーンを思い出した。シュワルツネッガーが知事を務めるカリフォルニアも経済破綻で大変だそうである。「なぜシュワルツネッガー知事になれたか?」「誰も彼の出演する映画を観たくないからだ」というジョークがあったが…シュワルツネッガー氏はあまり仕事を選ばない傾向があるが、個人的には「ターミネーター2」はとても好きな映画である。

 閑話休題。法事の前に寺参りがあり、兼務している山寺の本堂に入るととにかく寒い。吐く息が真っ白い立体に見え、思わず「エクトプラズムかいっ?」とツッコミたいくらい。普段は法事が無いのに風邪の時に限って法事が集中する。2日で4件である。少々喉が痛くてお経が読めるか心配だったがなんとか法事は全件終了。本日から節分までは法事が無い。もっとも結婚式が一件…とここまで書いて親族代表のスピーチを頼まれていたことを想いだした!

 「お坊さんだから人前で話ができるというのは幻想である」と断りたいところだが、性格の良い従姉妹の頼みは断れない。がんばって原稿を考えねば…明日は一日休養日を貰ったので、ふとんに入って風邪を完治しつつ、スピーチの原稿を考えることになりそうである。


 風邪をひくと健康の有難さが身に沁みる。

 「風邪の効用」(ちくま文庫)「整体入門」(ちくま文庫)を書いた野口晴哉は稀代の治療家、整体指導者として名高い。今日は「2週間の研修で整体師として開業できます」などと謳った整体講座もあって、<整体>の世界も玉石混交の世界である。

 野口晴哉は整体を研究する人々の中でも突出した存在であることは間違いない。大変に興味深い人物である。

 野口氏は不出世の治療家だが、もしこの世に万能の治療家や治療薬があって、どんな病気も治ると仮定したらどうだろうか?病気に伴う人間の苦悩が無くなることは素晴らしいが、同時に人間はますます増長し、自らを省みることが無くなるのではないだろうか。

 熱も下がり、咳と喉の痛みが少々残るだけだが、それでも普通に発声できることが有難く素晴らしいことなのだと身に沁みた。

 病気になると、己の強い我というものが弱まり、自らを省みたり、日頃の生活の有難さがひしひしと感じられる。
誠に凡夫の至りであるが、大切なことであると思う。それもまた風邪の効用なのだろう。風邪とは凡夫における苦い薬のようなものなのかもしれない。


風邪の効用 (ちくま文庫)

風邪の効用 (ちくま文庫)