人間関係に悩むということ

                  【お知らせ】
            本日、HPを少々更新致しました。
            ご笑覧下さいませ
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  本日も天候不順。

夕方、眼が疲れたので遠くの山並みをしばらく見つめていたら、山裾からゆっくりと霧が立ち上ってきた、霧といっても一様でなく一団の白い塊が形を変えながら、沸き起こってくきて、やがて空に溶けていく。それを見ていると何かゆったりした気持ちに包まれた。

午後から気温が下がり、明日は天候が荒れるようである。


本山にいた頃、同期生の中で最年長だったのは私より一回り上でなかなか魅力的な方だった。

 この方は企業の重役も勤められていたこともあって頭脳明晰、統率力抜群、仕事も一流なら遊びも一流という方だった。我々の良き相談相手であり、まことに頼りになるリーダーだった。

 ところがこの方が体調を崩されて途中で、退山されることになった。

 この方が本山を去られた後、一番年長なのが私だったが、私はもとより「俺に付いて来い!」というタイプではない。一体どうしたものかと途方に暮れた…

 歳が上だからといって躊躇せず、先頭に立って身体を動かすこと。仲間の良い所があればできるだけ褒める。とりあえずその2点だけを心がけた。
 おかげで「褒め殺しのぶろぐ坊」などというあだ名も頂戴したが…

 お寺の同期生といっても年度によっては殺伐とした人間関係になることもあるそうだが私達は最後まで随分仲が良かった。同期生が真面目で素直な者が多かったことにもよるが、自分の選んだ方向は大きく間違ってはいなかったと思っている。


 時々、しみじみと思うことがある。

 それは私たちが長い人生の中で常に<人間関係>というものに悩み、苦しんで一生を送るということである。

 親子関係、夫婦関係、職場や地域や学校での人間関係などなど…

 私もお坊さんとしてはいつまで経っても半人前だが、これからは檀家さんや地域の人達といろんなお付き合いをしていかなくてはならない。いろいろと大変なこともある。

 ただどんな人間関係にあっても自分がまず率先して行動するということと、相手を褒める(立てる)というのは大切なように思う。

 一方、相手の思惑や評価を気にしていてはいつまでたっても自分は気持ちが定まらないこともある。
 やはり自分に何らかの信念も必要なのだろう。

 そして好き嫌いという感情を離れようとする努力もとても大切だと思う。
 自分が正しいとか相手が間違っているという言い方の中に相手への好き嫌いという感情が潜んでいることがよくあるからだ…

 
 私達は常に人間関係の中で生き、その中で悩んだり苦しんでいる。

 眼の前の人間関係についつい振り回されてしまうことが多いが、そのことの本質を一度考えてみる必要があるのではないだろうか。自分にとって<人間関係>とは何なのか?いつも何に悩んでいるのか?…そうしないと、この<人間関係>からくる悩みや苦しみから開放されることはないだろう。
 私達が本当の心の安心や幸福を得るためには是非必要なことだと思っている。