男爵、傷心す


 住職が飼い犬のトモを兼務しているお寺に連れていき、代わりに兼務しているお寺で妹夫婦に飼われていたポチという雑種のオスを連れて帰ってきた。これといって理由があるわけではない。ポチが殆ど鳴かない犬なので番犬に適当でないと思ったようである。

 ところが…トモが居なくなると相棒のバロンの様子が豹変した。

 一日中、犬小屋の前にコンクリートの犬走りにうつぶせになって物憂げな表情なのである。
 「落胆した犬の顔」というのを始めて見て、やはり犬にも人間のような喜怒哀楽があることを理解した。トモはバロンが始めて知った異性の犬である。普段はかなり仲が悪いのだが、バロンがこんなに落ち込むとは予想外だった。

 昨日、妻がバロンを散歩に連れていこうとして鎖をはずしたら、ポチに猛然と襲いかかり首に噛み付いて離さない。まだ1歳ほどのポチは断末魔のような悲鳴をあげた。

   お前さえいなければ

 そんなバロンの心の声が聞こえるようだった。

ポチは悪くない。悪いのは気まぐれな住職だ。噛み付くなら住職を

 そう説得しようとしたが、猛り狂ったバロンをポチから引き放そうとしたら私が噛まれそうになった…

 山寺では代々雑種し飼ったことがなかったが、住職が檀家さんの家で生まれた血統書付のコーギー犬を貰ってきたのがバロンである。男爵(バロン)という由緒ありげな名前も決して伊達ではない。もっともバロンという名前が付いた直接の理由は以前に飼われていたロンという犬の名前が既に犬小屋に書かれていたので「バ」という一字を書き足したのである。

 (ちなみに「ポチ」という名前の由来は昔話のように「ここ掘れワンワン」と鳴いて宝物の在りかを教えてもらいたいという妹の野望に基づくそうである)

 バロンが可哀想なのでトモは近日中に連れ戻されるだろう。その時、バロンがどんな顔をするか今から楽しみである。