万葉に憧れて 〜上野誠「万葉びとの奈良」〜

最近、頻繁に猿がやってくる。
庫裏の横にある栗の木を狙っているのである。今日は朝から山の中で猿の鳴き声がするので飼い犬のコーギー犬を放した。コーギーは脚が短いのでなかなか山に登れないので、わざわざ作業用の山道を教えて、しばらした猿と犬の激しい鳴き声が連続して起こった。猿も少しは懲りたろう…


万葉びとの奈良 (新潮選書)

万葉びとの奈良 (新潮選書)

ブックオフオンラインのご縁で久々に良書に巡り逢いました。
上野誠「万葉びとの奈良」という本。

文学としての万葉集に、歴史学民俗学、考古学などの光を当て、万葉人の生活や感情といった実像が活き活きと描かれています。

私は本書において、平城京の住む人にしかわからない感覚のごときものを描きだしたかった。(「あとがき」より)

プロローグには数枚の地図と写真。
奈良市の市街地図、若草山から俯瞰した奈良市街。奈良市街と主要寺院を収めたイラスト。

著者の趣味は写真であるという。高い位置から奈良市平城京)まず俯瞰して、ゆっくり細景をズームしていく…そんな感覚が実に心地よい。



奈良時代、日本仏教は隆盛を極めるが、その当時の仏教寺院の実像はいかなるものだったのか?
著者によれば平城京に配置された多くの寺院は官寺であり、国営寺院であった。
寺院それぞれが特定の経典を集中して研究するいわば学研組織だったというのである。
学生達は自由にいろんなお寺を行き来し

平城京時代の終わりには7か寺を中心とした「仏教研究学園都市」だったというのである。

葬儀や法要といった仏事を中心とした現在の寺院とはあまりにもかけ離れた姿である。
こういったことは既に多くの言及があるが、一連の説明がとにかく分かりやすくてすんなり頭に入ってくるのである。




あおによし
奈良の大路(おおじ)は
行き良(よ)けど
この山道は
行き悪(あ)しかりけり
           巻15‐3728
(あおによし)
奈良の大路は
歩きやすいけれど……
この山道は
行きづらい―

奈良の都大路は歩きやすいけれど、この山道は歩きにくい…

<都>というものができて人々が最も驚いたことは直線で広大な道路だったのではないだろうかというのは新鮮な問題提起である。この歌はその驚きを伝えているように思う。

広くて、真っすぐな道路こそが<都>の象徴だったというのである…

そして人々はこの大路を歩く時に(多分)お気に入りの服を纏い、晴やかな気持ちであるいたのだろう。そして、大路を出逢いの場として数々の恋愛が生まれたというのである。
或いは、大路で若い娘をナンパしたり、すれ違った人妻に一目惚れしたり…


玉鉾(たまほこ)の
道行かずしあらば
ねころの
かかる恋にh
あらざらましを
    巻11-2393

(玉鉾の)
あの道さえ行かなかったら……
無我夢中の
――こんな恋には
出あわなかったものを(なんとつらいことだ!)

本書を読むと私たちの想像を超えた奈良時代の人々の生活感が次々と心に湧いてくる。

「万葉びとの奈良」…お勧めの一冊であります。
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