もみじ散る山寺

【本日の境内】

紅葉も既に終盤に向かいつつある。
時分で撮った写真で境内を紹介しようと思ったら、地元の方のブログに素敵なお写真の数々を発見したので、ご紹介したい。
何しろ自分の寺とは思えないくらい綺麗に撮れてます(笑)

『ザ・舞鶴まいづる再発見> 鹿原(かはら)秋色の金剛院を撮る 』
http://blogs.yahoo.co.jp/bntjr474/5785023.html

娘がようやくよちよち歩きをするようになった…とおもったらいつのまにかよちよち走りである。

娘が歩けない頃は「機動戦士ガンダム」の空中換装のテーマを口ずさみながら娘を抱えあげ妻におむつを変えてもらっていた。

ところが今は…1歳4カ月の娘がいきなりガラス戸やふすまを開けて好きな方向に走りだすのである。
ハッと気がつけばニコニコ笑いながら庭を裸足で走っていたりする。
もちろん段差で転んだり、つまずいたりはしょっちゅうである。気が気ではない…

というわけで娘が走って外に出ると「踊る大捜査線」のテーマを口ずさみながら追いかけ、後ろからつかまえると

「確保ぉぉぉぉ!」

と言ってみたりしていた。
最初の頃はそんな余裕もあったが、これが延々繰り返されると最近は少々バテ気味である…



先日、団体参拝を引率されてきた添乗員さんから質問を受けた。

花の寺の巡拝に何回行っても花に巡り逢えなかったという方がいる…そういう方にはどう言ってあげればいいですか?と尋ねられたのである。

関西花の寺という霊場会は花を大きなテーマにしている。
各寺院が花木を育て、花木を愛でて頂く中から仏教を感じて頂こうという新しい霊場である。満開の花や鮮やかな紅葉を楽しんでもらえると良いのだが、花木というのは毎年花期が異なる。紅葉も鮮やかな赤なら良いが黄色や茶色になることもある。

ちょうどその日は「物の見方が幸不幸を決める」という法話(雑談?)を境内でしていた。
それを横で聴いていた、この添乗員さんが私に聞いてみようと思われたらしかった。

だが…私達は住職という立場で話をしている。
だから「物の見方が幸不幸を決める」と言っても参拝者に聴いてもらえるが、同じことを添乗員さんがいうことは難しい。
お寺にとっては参拝者であっても添乗員さんにとっては大切なお客様だからである。
花に巡り合えなかった方に添乗員としての立場でどう言ってあげればいいのか…

これはなかなか難しい。
その晩少し考えてみた。

私なりのひとつの答えとしては花に巡りあえなくて残念というお客さんに本気で共感してあげることではないかという気がする。営業的な言い訳ではなく、相手の気持ちになってみるのである。

「せっかく綺麗なお花を楽しみに来て下さったのに、申し訳なかったですね」と。
言葉はシンプルであってもそこにしっかりした共感を込めるのである。
本気の共感があれば、その心に癒される方はきっといると思うのである。

もちろん、参拝者といってもいろんな方がいるのでこの方法が誰にでも通じるわけではないだろうが。

だが今度、この添乗員さんに逢ったらそう言ってみようと思っている。

ブログランキ

ング・にほんブログ村へ
にほんブログ村←丹後の山寺に住む副住職に応援のクリックをポチッとおねがいします(^人^)1クリックで1000番くらい全体の順位が変わりますので貴重な1票を宜しくお願いいたします!このブログの大半は個人的などーでもいい喜怒哀楽と雑事ですが、できればこのブログを通じて仏教やお寺というものに理解を深めて頂けたら…と思っております。ランキングの順位が上がるほどいろんな方に見ていただくチャンスが増えますので、ご協力頂ければ幸いに思います。合掌