お寺のバリアフリー 阿川さんの名言
玄関に僅かだが段差がある。脚の悪い檀家さんがひどく難儀されているのを何度か見かけた。
寺院向けのダイレクトメールを見ていたら、アルミ製の手すりが載っていた。
山善(YAMAZEN) 立ち上がり補助手すり ダークブラウン KRT-80(DBR)
- 出版社/メーカー: 山善
- メディア: ヘルスケア&ケア用品
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商品名は『玄関手すり』。軽いので簡単に持ち運びでき便利そうである。
寺院向けカタログというのは割高なことが多いので(笑)即ネットで検索して購入した。
掴まるところが3段階に分かれているし、見かけに比してとても軽い。これはなかなか便利なものだとちょっと感心している。
昨日は「お経みたい」というのがあまり良い意味に使われないと書いたが、そういえば
「御題目」というのもあまり意味に使われないことがあるなと思いだした。
「御題目はもういいから」とか「御題目ばっかり」とか…
御題目を大事に思っておられる宗派の方々には不本意かもしれない。
「他力本願」という言葉も「他力」は他人の力ではなく阿弥陀様の力である。
そう考えると誤用されたり、随分引き落として使われている仏教用語は随分とあるなと思わずにはいられない。
- 作者: 阿川佐和子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/01/20
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先日、「聞く力」がロングセラーになっている阿川佐和子さんのインタビューを拝見。
年齢は存じ上げないが、清潔感や知性のある素敵な方だなと感心した。
この阿川女子が面白いことをおっしゃっていた、何かというと
「人間の話の90パーセントは自慢話と愚痴である」
というのである。
実際に90パーセントか否かはさておき、確かにこの「自慢話」と「愚痴」は大きなウェイトを占めているだろう。
そして両方とも聞き手には有難くないものである。
仏教の実際的なひとつの面は感情をコントロールすることだと思っている。
感情をコントロールといっても、冷徹になるのでも、無感動になるのでもない。
素直で豊かな感情を大切にしながらも、自分の好き嫌いや利害得失によって気持ちを揺らしたり、拒絶したり、自分を見失ないということである。
言葉でいうことは簡単だが、これはなかなか難しい。なかなかではなく至難といえる。
とりわけ自分が非難されたり、自分の利害が関わる時に心をブレさせないというのは難しい。
私はゲームは殆どやった記憶が無いが、ひとつづつステージをクリアして上にあがっていくというのは仏教にも当てはまると思っている。
さしずめお経が攻略本だろうか?…
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