語彙するフォーチュンクッキー 工事中 あなたはクレイジー?
友人宅に行ったら忘年会で披露するとかで、
イイ歳のオジサマがAKBの「恋するフォーチュンクッキー」のダンスを練習していた。
…ご苦労様!
ところが…
それからというものこの曲が耳に残って頭の中でヘビーローテーションで流れるようになり…
いつの間にかこの曲を嬉々として聴いてます…恐るべしAKB!
最近はいろんな企業や地域やグループでこの曲を踊るというのが流行みたいですね。
アイドルソングの王道を行くこの曲ですが、
歌詞をよーく聴くと?の箇所がありました。
まわりを見れば大勢の
可愛い子たちがいるんだもん
地味な花は気づいてくれない
「地味な〜」の部分の主語は「地味な花」ではないですね。
つまり、地味な花が何かに気づくのではなく、あくまで地味な花が誰かに気づいてもらえないという趣意なので
『地味な花には気づいてくれない』
もしくは
『地味な花は気づいてもらえない』
が正しいのではないかと。(ちょっと曲に合い辛いかな?)
どなたか秋元さんに言ってあげてください。
兼務寺院の庫裏では屋根の改修工事中。
別に急がせたわけではないのに、いつのまにか工事が始まっていました。今年は大雪になろうかという山寺での工事進行はちと無謀ではないか…と心配になった。
無事に来春には工事が終りますように!
一般の方にはどうでもいいことですが…
お坊さん専門誌「寺門興隆」が誌名を「月刊 住職」に変更しました。
今月号にも興味深い記事が載っていました。
ある住職の若い頃の体験談。
アメリカに語学留学し、世界各国の友人とディスカッションした時のことである。
自分は将来喫茶店を開きたいという夢を語ると(この方は若い頃、お寺を廃業して転業を考えていた)皆、ものすごく応援してくれて幸福感に包まれたという。
そして…
最期に「あなたの宗教はなんですか?」というテーマについて討論したときに、まだ僧籍を持っていなかったこの方が何気なく「無宗教」と答えたところ
「ユーアークレイジー!」「エイリアン!」と一転して罵声を浴びせられた
日本人にはこの感覚が理解できないだろう。
だが、これが世界の標準なのである。
参加者の1人からこんな言葉をかけられたという。
「あなたの夢は素晴らしい。でもあなたが無宗教だといった時点で信じられなくなった。自分たちはいろんな宗教の下で生まれて、文化や伝統を背負っている。宗教が違っても信仰を持っている人間は、その人の信じる宗教のもとに、その人がいうこともまた信頼に足ると判断できる。でも無宗教の人は明日はどうなっているか分からない。一貫した土台となるベースがないのだ。本能のままに生きる動物のようなものだ」
だから宗教をもつことが必要…だというつもりは全然ない。
特定の宗教のもとで生まれ、その宗教を担っていくことのデメリットや不合理も当然あるからだ。
ただ無宗教であることで心や文化に大きな空白や不全が生じているのではないか。そのことは日本人にとってもしかしたら最大の問題のひとつなのかもしれないと思うのである。
にほんブログ村←いつもご訪問ありがとうございます!
丹後の山寺の住職に応援のクリックをポチッとおねがいします(^人^)
.