なぞの和菓子 古墳と仏塔
京都駅そばの伊勢丹でよく買い物をする。
といっても地下の食品売り場が主である。
母に頼まれてお茶事用のお干菓子を買うことが多いのである。
数多の京都の銘菓のなかで前から気になっていた一品があった。
【ハクション大魔王のツボ?…上部は八葉蓮華を象っているという。おめでたいお菓子だそうです】
【中のこし餡は上品な味。やはり温めて食べるのが美味しいと思います】
亀屋清永の「清浄歓喜団」というお菓子である。
てゆうか…
名前がもうタダ者じゃないですよね…
私は初めてこの名前を見た時に北朝鮮の「喜び組」を連想してしまいました。
遣唐使が日本に持ち帰った中国伝来の菓子がルーツで1000年の歴史を持つという。
和菓子そのもののご先祖様の系譜に連なる由緒正しいお菓子といっていいのかもしれない。
温めて食べると良いというので、フライパンで軽く蒸し焼きにしていただきました。
ごま油のの上品な香り、生地のさっくりした食感、肉桂をはじめとする複雑な香りのするこし餡…
外見そのままにインパクトのあるお味です。
一個500円なのでちとお高いですが…お正月に食べるには案外相応しいかもしれません。
【亀屋清永】http://www.kameyakiyonaga.co.jp/prod.php?prod_id=1
境内の周囲は数センチの積雪。
国道はほぼ雪ゼロ状態。依然、雪の少ない冬が続く。
雪の積もった三重塔は美しいが、最近の研究では仏塔の歴史は古代の古墳とリンクする可能性があるという。
仏塔は本来、釈尊の遺骨を収めたことが起源でるとされる。
ところが奈良の飛鳥寺の仏塔の心柱の基底からは仏舎利の他に3000点近くの貴重な品々が見つかったという。
古墳も仏塔が重要人物の遺骨を納めるという点で共通していたということに着目すると
仏塔は古墳の後継的存在と考えられていた可能性があるというのである。
古墳というと水平的な広がりを連想するが、それが仏塔では垂直方向への屹立した存在となる。この違いはどのように認識されたのか興味深い。
その極致は白河天皇の建立した80メートルに及ぶ八角九重塔であろうか。
往時の京都には膨大な数の仏塔が建立されていたという。そんな光景を想像するだに楽しいのである。
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