絶食&玄米食

【お坊様のレストラン】

 先日、ブログに書いた小栗左多里(さおり)さん「精神道入門」(幻冬社)に断食の話が出てくるが、最近は美容や健康のためのデトックス(毒出し)として断食する人が多いそうである。

 私は1週間のうち一日だけ絶食することを6年ほど続けていた時期がある。
現在は一ケ月に2、3回ほど一日の絶食をする。絶食といっても水分は取るので決して大変なことはない。緑茶、ショウガと蜂蜜を入れた紅茶、果汁100%の果物ジュースなどを飲んで過ごす。

 絶食を始めた頃は食事を食べられないというのが非常に大きなストレスになった。
糖分を若干含んだ飲み物を飲むと気分は落ち着くし、何回か続ければ、絶食することは平気になる。


 絶食中の身体の反応は個人差があるが、私は体臭がきつくなったり、軽い頭痛がしたりする。
川の水量が減って、普段は川底にこびりついている汚れが浮き上がり、川の水が元通りになったときに、汚れが流される…そんな感じである。

 絶食後にドカッと悪いものが出るイメージがあるが、最初の1年くらいは、絶食をしていない日でも身体からどんどん老廃物が出ている感じが続いた。多分、身体の排泄力のようなものが高まったのだと思う。

 食事を減らしたり、食事を一時的に絶つというのは、身体に良い刺激を与えるし、健康にも美容にも良いと思う。但し、絶食をすると魔法のような特別な力を得られるとか、それだけで難病が治るといったことは求めないほうがいいと思う。

 食事を減らすことで自分達が普段、不必要に食べ過ぎていることに反省できたり、毎日、食事ができることへの感謝を感じられれば素晴らしいと思う。

 私達よりひとつ上の世代の多くは食事が食べられないという経験を共有している。
 この経験はとても尊いと思う。
 感謝しないといけないというのは、仏教をはじめ道徳や倫理では常に説かれるが、
多分、根本にあるのは食事が食べられることへの感謝であり、天地(あめつち)の恵みとしての食物に対する感謝だと思う。

 近年、食の安全性が問題になっている。安全な食物を手に入れるためには膨大なコストや手間がかかる。
 食べる量を減らすこと、食べる量を必要最小限にするというのは食事の安全性を考えるためにもっと議論されてもいいように思う。
 単純計算では一週間に一日絶食すると、食事の総量の約14%を減らすことになる。
 つまりそれだけ身体に有害なものを摂取するというリスクを減らせるということを意味している。
 また食事を減らすことで、身体の排泄力が高まり、すでに取り込んだ有害な物質や、蓄積された老廃物を身体の外に出せるようになることも期待できる。




 私は一時期、玄米食にしていたこともある。
 現在は同居している両親が白米でないと食べないので断念しているが、本当は白米だけでなく、玄米や雑穀の入っているご飯を食べたい。

 玄米は白米に比べて、栄養価が高いので、少量で不思議なほど満腹感がある。
 本山に居たころは、菜食だったが、主食は白米と麦が1対1のご飯である。刑務所でも麦3割くらいだと同期の誰かが言っていたが(笑)麦ご飯はお腹にもたれないので特に夕食に良いと思う。

 本山で使っていた麦は「ビタライス」という商品名だったが、ビタミンB群が補強されていた。実は菜食にすると、ビタミンB群が不足する傾向にあるので、理にかなっていたと思う。

 玄米食を中心とした様々な食事法がある。
 玄米は確かに優れた食品だがそれ以上でもそれ以下でもない。
 玄米食をまるで宗教のように勧めている指導者も居て、ちょっと疑問である。

 もうひとつ大事なことは玄米には多様な栄養素が含まれているが、現代人の身体は消化吸収の能力が衰退していて、玄米の栄養を生かしきれないのではないかと私は思っている。

 また、病気治療の方法として玄米食にする場合、病気で消化吸収の能力が弱っている身体に消化吸収が容易でない玄米を摂ることは危険な場合があるとすら思っている。
 在る有名な国民的歌手が晩年、玄米食を信じて実行し続けたまま亡くなったが、その方とっては玄米食はかならずしも向いていなかったのではと今でも思っている。




 絶食も玄米食も良いことだと思うが、それ以上でもそれ以下でもない。
 時には自分の食事をいろんな観点から見直すことも必要であるというのが私の結論である。


   【大切な注意】
 絶食は興味本位で行われることはオススメしません。もっとも私が絶食を始めたのはやはり興味本位でしたが(笑)もし絶食などを行われる場合は御自分の責任においてなさって下さい。
 空腹時は身体が敏感になっているため、濃いお茶や紅茶のカフェインなどで気分が悪くなることもあります。また絶食後に刺激物をとったり、大食したりすることは却って身体に有害です。